とある練習走行
作成日:98/03/11
更新日:98/03/19

半分騙されたとは思っても、苦労してやっと買ったバイクである。嬉しくないわけがない。
今日はその初走行である。好天に恵まれたハイランドはぽかぽかといい陽気だ。

エンジン周りの整備だけは店で済ませていた為、ブレーキや空気圧、ワイヤーロック等、走行前の最低限のチェックを行えば、
走れる状態にしてある。
まぁ今日はなにしろ初走行。サーキットを走る事自体が半年ぶりだ。
ゆっくりエンジンと体の慣らしを行い、感じを掴む程度におさえとこう。と、走行券とガソリンを買いに行く。

とりあえず、エンジンがかかるかが一番不安であった為、さっさとガソリンを作り、タンクに流し込む。

ラジエターに水を入れ、いよいよエンジンをかける。関係ないが押し掛けは下手だ。
ギアを1速に入れ、クラッチを握り、押す。 [ズズゥ〜]
「ん?」
リアタイヤが回らない。一冬越す間にクラッチが固まってしまったらしい。
クラッチをバラしてる時間は無い為、やむを得ずニュートラルの状態である程度押し、1速に落として強引に回す事にする。

パドックの緩やかな坂道を利用し、バイクを押す。適当にスピードが出た所でクラッチを握り、1速へ落とすと、
[ガチャン!]とギアが入り、固まったクラッチが回りだす。
そのままエンジンもかけちゃえとレバーを離すが、そうはいかない。

[どろぉぉぉぉ・・・ガチャガチャがチャ・・・]

再び押す。
[カシャカシャ]と乾式クラッチ特有の音がする。
レバーを離す。
[どろぉぉぉぉ]・・・かからない。

三度押す。
[カシャカシャカシャ]
レバーを離す。
[どろろぉぉぉぉぉ]・・・・ダメ。

今度は多めに助走をとる。
[カシャカシャカシャカシャカシャ]
ゆっくり離す。
[どろろぉぉぉぉぉパコ!ろぉぉぉぉ]・・・・火が飛んだ。もうちょい。

押す。
[カシャカシャカシャカシャカシャ]
離す。
[どろろぉぉパコ!ろぉぉぉパコ!ガフッろぉぉぉ]
さらに押す。
[どろぉパコ!パコ!パコ!ガフッパコパコパコパコパコパコ]
クラッチを握り、アクセルを開ける。 [グゥゥワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!バラララララ](犬ではない)

かかった!

レーサー特有の回転上昇の速いエンジン音が響きわたる。
水温計をにらみつつ、適度な温度迄暖気する。

既に走行開始時間が迫っている。そのままピット迄乗って戻り、つなぎに着替える。

[フォワ〜ン]「10時30分 2輪スポーツ走行を開始します。」とアナウンスが流れる。

焦る。速攻で着替えるとブーツ、ヘルメット、グローブを着用し、あわてて出ていこうとする。
「やべ!エア計ってなかった!」走行が開始された事でかなり動揺している。まずいシチュエーションだ。

前後のタイヤに空気を入れる。他のライダーが次々にピットアウトしていく。
バイクを押しながら、落ち着いて自分を取り戻そうとする。

「ふぅ〜・・・。」「よし。」係員に走行券を渡し、ピットレーンでエンジンをかける。
今度は一発でかかる。しばらく暖気した後、ギアを入れ、クラッチを繋ぐ。
2速、3速。コースイン。
慎重に1〜5コーナーを抜けて裏ストレートに出る。8000〜9000をキープ。

「う〜ん。やはりサーキットはいい。軽く流すだけでも気持ちがいい。」

そのままの回転域で2〜3周回る。

車体は安定している。慣らし用の濃い混合気によるトルクを感じる。エンジンに問題は無い。
むしろ去年迄乗っていたTZよりパワーを感じるくらいだ。

おもしろい。おもしろすぎる。これだからやめられない。

全開にしたい気持ちを押さえつつ、にやにやしながら4周目が終わろうとしている。

下りのヘアピンを1速で立ち上がり、1万回転キープで4速迄入れ、150メートル看板。
ゆっくりと3速迄落としつつ、最終コーナーへのアプローチを開始する。
2速に落としながら最終コーナーへ進入、クリップを目指す。

その瞬間、なんの前触れもなく、それは起こった・・・。

高々と放り投げ出された俺の体は一瞬にしてアスファルトに叩きつけられる。
体のどの部分から落ちたのか分からない。
なすがままに自分の体がコースサイドに向かって転がっていく。

転倒!?何故?順調に慣らし走行していただけなのに・・・。

何回か回転した後、仰向けの格好でやっと止まる。

息が出来ない・・・。苦しい・・・。今までやってきた転倒とはレベルの違う事が直感的に分かる。

暫くして、やっと呼吸が回復すると、アウト側縁石付近のグリーンにいる事を確認する。
しかし、コースサイドに避難出来るような状況じゃない事を体が訴える。

頭が混乱する。事態がつかめない。

右手の肘でなんとか上体を起こす。左肩に力が入らない。どうやら鎖骨をやったらしい。

「足・・・。」

おそるおそる膝を曲げようとする。右足は問題ないようだが、左足がぜんぜん動かない。

「神経・・・。」

一瞬ドキッとし、左足の指に力を入れる。

ちゃんと動く。ちょっとだけホッとする。「どうやら、最悪の事態だけは免れそうだな・・・。」

コースポスト員がこちらに向かってなにか叫んでいる。

やがて担架に乗せられ、メディカルセンターに運び込まれる。

体の状況を伝えると、指定の病院へ緊急手配をしてもらい、担架に乗せられたまま友達のトランポで病院迄行く。

病院につくと、状況判断の出来ないおバカな看護婦が「じゃぁちょっと診察室まで歩いてきて下さい。」と迎えてくれる。

友人が状況を伝えると、「でも待合室混んでますんでぇ、担架だと入んないと思うんですよぉ。」

しょうがないので友達に肩を貸してもらい、片足でピョコピョコと診察室へ向かう。
一歩進む度に左肩と左足に激痛が走る。

なんとか診察室に入ると、お約束の「どうしました?」と迷惑顔でやる気のなさそうな医者。

「ハイランドの人ね。バイクで転んだんだって?」

(知ってんなら聞くんじゃねぇ!)

異常のありそうな箇所を医者に伝えると、「んじゃとりあえずレントゲン撮るから。」

とりあえず撮った鎖骨と膝のレントゲンを見た医者と看護婦が絶句している。

「こりゃぁ、あんた、すごいよ。」などと言いながら見せてもらった俺の骨は、確かにすごかった。

左膝の状態を見たとたん、4分割された左の鎖骨など、どうでもよく感じられた。

丁度、陶器製のお皿をテーブルに置き、真ん中を金槌でガチャン・・・・と割った感じの膝の皿がそこに写っていたからである。

「ちょっと帰すわけにはいかないねぇ。」と医者。

この瞬間入院が決定した。

病名:左鎖骨炸裂骨折。左膝蓋骨粉砕骨折。と診断された。(^_^;)\('_') オイオイ...

次の日、見舞いにやってきた友達に「内澤さんのバイク、ミッションオイルのチェックボルトがはずれてたよ。」と聞かされた。

「・・・あ、そう。」

「ガソリンと水入れればこのまま走れますから。」の言葉を鵜呑みにし、人から買ったばかりのバイクに対し、
ワイヤーロックの確認も怠った結果であった。自業自得この上ない。

仮締めの状態だったチェックボルトが走行振動でゆるんでいき、しまいにはポロッと落ちてミッションオイルがドボドボと
アンダーカウルへ垂れていったのだろう。そこへすかさず最終コーナー。
今度はカウルから路面へと垂れていったオイルをバンクした状態でリアタイヤが踏み、一瞬にしてハイサイドって事らしい。

自分の垂らしたオイルに乗って転倒。いっちゃんかっこわるい転倒の見本である。因みに2度目だ。

2泊目に両親がやってきて、地元の市立病院へ転院する事となる。こっぴどく叱られた事は言うまでもない。

「いい歳をして云々〜!」

「いつまで迷惑かければ云々〜!!」

「もおぉぉぉバイクはダメだからうんぬぅ〜ん!!!」

手術よりも辛かったりする。

この後、様々な紆余曲折や葛藤があったが、サーキットへ復帰するまでに2年間を要する事となる。

結局やめられないのであった。(^^;

以上

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